20歳台のあたりはカラダと心境が一致していたけれど、30歳台になってからカラダがついてこなくなった。

もともと体を動かすのが好きで学生時代や20歳台中間くらいまではバスケやフットサルなどをしていました。
社会人になり、なかなか自分の年月がとれなくなってきました。ビジネスと寝入るだけの一年中が多くなり日に日にカラダが重く受けとるようになりました。
あんな例年が続き、30歳台中間になった間、これではアカンと思いランニングを始めました。但し20歳台の間と異なり、すぐゆゆしくなり走り続ける熱情が出ませんでした。体の下落と熱情の低下を実感したひとときでした。
でも何とかしようと数日気力を振り絞って駆けました。そうすると体の無名が痛みだし、嫌になってしまいました。学徒の間は多少痛くなってもカラダを動かしたいという意志が強く、無理してもすぐ治りました。
気持ちだけは若い通り体の下落に目を背けていた間に内的まで弱くなってしまいました。
今は不能をせずストレッチングなど軽めの運動をするみたい心がけている。それだけでも以前と違いカラダは少しずつ働くようになってきた気がします。
何でも例年不能せず続けることが大切だと思います。ついに白い歯にする方法に自我が目覚めた

若い時はミッドナイトでも起きていられたが今となってはちびっこ時間に眠る片付け

年を取るという事はスタミナ下降も伴ってしまう。
私はこんなに疲弊が増すなんて昔から父兄を見ながら、一緒に暮らししながら自分自身がそうのぼるなんて狙いですにしていませんでした。
気持ちの上では未来永劫の20勘定だと本気で思っていたからだ。
たとえば若い頃役目で疲れ切って帰ってきたと決める、但しはじめ深夜寝てしまえば翌日はまた元通りなスタミナに戻っているのでやる気も充実しています。
ただし時代を重ねていくうちにこれが脆くもひずみ去っていきます。
段々前日の疲れが抜けにくくなっていくのが30勘定ところからでしょうか?少しずつ翌日に疲れを引きずって仕舞うようになり一年中で疲れが抜けない状態に向かうのです。
そこまでならまだ効く人物だ。
40勘定になると更に疲れが止まり前日の疲れが1週働いたのではないでしょうか?とおもうほど翌日に後日肩には何人も乗っかっているような疲弊を考える場合もしばしばなのです。
ですから早めに休む事を噛みしめるのが一番です。
未来永劫の20勘定ではなくなりましたが気持ちは幼く持っていたいですね。人が作った水素水は必ず動く